発生から老化まで一生涯にわたって変化しつづける神経回路とその働きを、発達や学習における可塑性と神経疾患における変性と機能回復に注目して、電気生理、神経回路トレーシング、イメージング、分子生物学的解析、行動解析と多角的な手法を用いて明らかにし、分子・シナプスレベルから個体レベルまで脳の働きを統合的に理解することを目指しています。 研究にご関心のある方はお気軽にお問い合わせください。
脳高次機能を支える神経回路の動作原理と神経変性疾患の病態生理
脳の情報処理の基本単位であるニューロンの配列や結合様式に脳の構造と機能を結びつける仕組みがあります.神経心理学的手法やfunctional MRIなどによる領域レベルの機能局在、ニューロンの発火を記録する単一ユニット記録法によるニューロンレベルの情報処理が次々と明らかにされ、ある脳高次機能の実現に必須な領域と情報処理の骨子は定まりつつあります。その殆どは多数のサンプルを調べることで得た平均値もしくは典型像です。
しかし全く同じ状況下にあっても人それぞれの感じること考えることや行動は異なるように、個人の多様性は人間の本質の一つです。また超高齢社会の現在では健康な加齢から病気に向かう段階である「未病」への関心が高まっています。これら多様性を裏付ける脳の基盤として、(1)多階層の結合様式と階層内・階層間の同期性活動が脳高次機能に及ぼす影響、(2)同期性活動が脳内環境の恒常性に及ぼす影響、に注目しています。
多階層の結合様式と階層内・階層間の同期的活動が脳高次機能に及ぼす影響
神経結合とその同期性に関しては、それぞれの階層、すなわち大脳皮質「カラム」や運動野の手領域というmicro/mesoscopicなレベルから「視覚系」「運動系」大域的ネットワークというmacroscopicなレベルにおいて、類似の情報を扱うニューロンの活動がそれぞれ同期しやすいことが知られています。さらに、ある高次機能を実現するためには、従来のfunctional MRIや単一ユニット記録法で示された中核的な領域での活動だけではなく、同一大域的ネットワーク内もしくは大域的ネットワーク間の活動の同期性が鍵となる場面があることがわかってきました。神経活動の強さや発火頻度のみならず、ネットワーク活動のダイナミクスの言葉でどのように脳高次機能の神経基盤を表現することができるかを突き詰めて行きたいと考えています。
functional MRIの基礎研究と方法論開発
サルのfunctional MRIの開発 (Hayashi et al., 1999; Miyashita and Hayashi, 2000)やヒト・サルのfMRI比較研究 (Nakahara, et al., 2002; Morita, et al., 2004)、サルのresting state functional MRI (Hayashi, et al., 2007)の開発で世界をリードして、前頭葉機能・運動学習の神経基盤の解明やアルツハイマー病への臨床応用にも取り組んできました。現在はピッツバーグ大学脳研究所とサルの運動学習のfunctional MRIの共同研究を行っております。
また高磁場MRIを用いてBOLD信号・同期性信号のメカニズム解明にも取り組んで来ました(Hayashi, et al, 2005, 2007)。マルチユニット記録法、広視野顕微鏡神経活動計測法、functional MRIを使って、カラムレベルから大域的ネットワークレベルまでの様々な階層での同期性活動を記録してその起源や機能を明らかにしたいと考えています。
神経変性疾患の病態生理
アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患の病態生理の解明と早期診断法や治療法の開発を目指しています。世界中の研究者が追い求めているテーマですが、本研究室では大域的神経ネットワークの同期性活動の変調と脳内環境の恒常性の破綻に注目しています。 神経内科専門医として豊富な臨床経験を持つメンバーが中心となっており、培養細胞やモデル動物を用いた実験と臨床研究をリンクさせて推進できればと考えています。
- 汎性投射系が脳内環境に及ぼす影響
- パーキンソン病の認知機能低下と⾏動・⼼理症状(BPSD)に関連するサロゲートマーカー探索と病態生理の解明
- エクソソーム輸送の病態生理 エクソソームは細胞間コミュニケーションツールとして機能し、内包する情報伝達物質を輸送することにより、環境の恒常性を維持するとともに、 様々な疾病の発症や進展に関与することが知られています。また神経細胞ではエクソソームは活動依存的に分泌されることが知られています。 当研究室では、アルツハイマー病、パーキンソン病をはじめとする神経変性疾患において、病原性タンパク質の脳内伝播を担うことで疾病の発症や進展に寄与するエクソソームの機能に着目して研究を進めています。 分子レベルから細胞・個体レベルに至る多階層アプローチを通じて、エクソソームの性状や細胞内外の動態を解析することで、 その輸送機構を明らかにし、疾患特異的なバイオマーカーの探索や新しい治療法の開発へと繋がる病態生理の解明を目指しています。
アルツハイマー病はアミロイド病理とタウ病理が2大分子病態ですが、その連関を明らかにすることはアルツハイマー病の発症機構の解明への重要なステップです。汎性投射系とアルツハイマー病との関連は、コリン仮説に基づく研究が数多くなされてアセチルコリンエステラーゼ阻害薬による治療法が実現しました。 ここで最も早期にタウ病理が出現する部位の1つである青斑核ノルアドレナリン系に注目して、モデルマウスの青斑核ノルアドレナリン系活動を修飾して大脳皮質の同期性活動や脳内環境を変調させ、 ノルアドレナリン系の脳内環境維持機能がアルツハイマー病の病態やアミロイド病理に及ぼす影響を明らかにし、さらに青斑核ノルアドレナリン系の機能修飾による治療法の可能性も追求したいと考えています。
パーキンソン病(PD)の主症状である運動症状に対する治療は、薬効の異なる多くの薬物が供⽤されるようになり、予後は改善してきました。⼀⽅で、⾼齢患者の増加とともに認 知症や⾏動・⼼理症状(BPSD)の合併率は増加しており、その合併はiADL低下を含めた予後の悪化に直結するため、早期診断・早期介⼊が重要です。 PDの縦断的コホート研究であるPPMIのデータなどを⽤いて、認知機能低下やBPSDに特徴的なバイオマーカーのパターンと神経活動のダイナミクスを抽出し、それに基づいて 事前予測するサロゲートマーカーとなるモデルを開発するとともに、BPSDの病態⽣理を明らかにすることを目指しています。 また本邦の前運動期パーキンソン病コホートであるJ-PPMIの心理主任も担当しています。